米国 SF/ NY リポート#1 深夜の「ER緊急救命室」 – みなさまもお気をつけあそばせ!

2週間アメリカへ行っておりました。

西海岸のサンフランシスコに1週間、それから東海岸のニューヨークに移動して1週間過しました。サンフランシスコでの1週間は、NPOや企業を訪問し、「トランプ政権反対運動のウィメンズ・マーチ」や、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア「キング牧師記念日マーチ1」にも参加しました。ニューヨークでの1週間は少し気楽に、セントラルパークの散歩や、ブロードウェイでミュージカルを見たり、メトロポリタン美術館をゆっくり見るなどしました。5回に分けてレポートします。今回は#1です。

  • USA #1 – みなさまもお気をつけあそばせ!
  • USA #2 – なんといっても『Women’s March』! こちら▶︎
  • USA #3 – NYの裏側があぶり出されたコロナ災害 こちら▶︎
  • USA #4 – AFTERコロナで経済活動は、もう少し減速修正するだろう こちら▶︎
  • USA #5 – NPO「ERA」紹介 コロナ後にはNPOのさらなる活躍を! こちら▶︎

*1キング牧師の誕生日(1月15日)に近い1月の第3月曜日はアメリカの祝日(キング牧師記念日)であり、各地で記念行進やイベントが開催されます。この日は差別撤廃や社会正義を再確認し、平和的な抗議デモやコミュニティサービスが行われます。 

みなさまもどうぞお気をつけあそばせ!

グランド・セントラル

久しぶりに訪問したサンフランシスコやニューヨークの情景は、これから5回かに分けてご紹介しようと思っているのですが、今回は、それとは少し違う、思わぬアクシデントについてちょっと恥ずかしながら、告白することにします。

真夜中のニューヨークを救急車でアメリカ合衆国のNBCで放送されたテレビドラマシリーズ『ER緊急救命室』)よろしく、その撮影現場となったBellevue(ベルビー) 病院に運ばれたのですから。

それはサンフランシスコからニューヨークへの機内(5時間弱)から起こったのでした。NYに着いてからもそのまま動けるよう、少し寝ておきたいと思ってワインを頼んだのでした。

しかし全く寝付かれず、それどころか頭も身体もカッカするばかりでこれは困ったことだなと思いつつ、NYのJFK(ジョン・F・ケネディ)空港に到着してしまいました。タクシーでホテルに着き、みんなで夕食を済ませ(このときもビールなどを飲酒)、荷物を整理して、風呂にゆっくりと浸かり、翌朝起きて鏡を覗くと、なんと、なんと、目がつぶれていて、右頬から顎にかけて赤紫に晴れ上がり、私の顔がまるでお化け状態に変貌していたのです。

「なに?なに?どうしたの?どうしたの、これは?」と放心状態。

「そういえば、風呂に入る直前、椅子の角でちょっとぶつかったかなー、それにしても打撲というほどひどく打ったわけでもないし・・・・・」「痛くもないし」と、わけが分からず、ただただびっくり、困り果てました。

でもこの日の午前中は、約束していたニコル・ゴードンさん2の訪問が決まっており、何とか眼帯をしていくことにしました。片目を塞ぐとやはり歩きにくい。3~4センチ見えるものすべてズレが起きています。慣れ親しんだ家のまわりを歩くわけではなく、バリアフリーにはなっていない、段差の多い、それに工事中が多いNYの市内は、気力を百倍にして一歩、一歩、踏みしめて歩かねばなりません。

*2ニコル・ベアテさんはベアテ・シロタ・ゴードンさんの娘です。ベアテさんは(Beate Sirota Gordon)少女時代に日本で育ち、1946年の日本国憲法制定に関わった人物です。 22歳で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局に所属し、GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして日本国憲法の人権条項作成に関与した。 日本では日本国憲法第24条(結婚は両性の合意のみで成立し、家族生活に関する法律は個人の尊厳と両性の平等に基づく)草案を執筆したことで知られています。

「私は片目の知恵蔵だわ」(年代の古い方はきっとおなじみでしょうが、俳優の片岡千恵蔵のこと)と自嘲気味にぼやいていたが、内心では自分の身体に何が起こっているのかわからず不安でした。次の日は休んで1日中ホテルで顔を氷で冷やしていた。それでもほとんど変化はない。赤紫も腫れも減らない。いよいよ不安になってきました。

痛くはないので、次の日はファンデーションを塗りつけて、ブロードウェイへ行ったのです。夜がやってきて、どうしても、どうしても、原因が分からず、治りもしないし、心臓が悪いのか?脳の病気か?このまま死ぬのか?不安が募ってきた。「やめくそ」とばかり寝てしまえと思ってうとうとしていたら、旅の同僚がドアを蹴破って、救急車で搬送する手配をしてくれました。そしてとうとう、深夜のER緊急救命室行き、となったのです。

NYの救急車

レントゲンをとり、CTをとり、血液検査をして、ドクターはスマホ片手にこう説明をした。「飛行機の中でアルコールを飲んだこと、飛行機の気圧に関係があること。それから椅子の角で打撲したこと、そして風呂に入ったことが重なって、右頬に内出血を起こしたのです」と。そして「検査結果からは何の異常もありません」「2ヶ月ぐらいかかるが何の治療も要らない」と。そして「もう帰ってもいいです」ということで深夜4時ホテルへ帰りました。

あれからほぼ1ヶ月。NYの緊急車は高額いらしいがまだ請求書は来ていません。
みなさまもどうぞお気をつけください。

THE KITANO HOTEL

キタノホテルから頂いた日本手ぬぐい
「お大事に」とホテルからも差し入れフルーツ

北野次登氏(故)は英語が不得意で、他国の文化に慣れていな日本人でもニューヨークで安心して滞在できるよう「キタノホテル(THE KITANO HOTEL)」を建設されました。お世話になりました。

次回は、USA #2 – なんといっても『Women’s March』! です。

金谷千慧子のブログ by Studio C.

1 Reply to “米国 SF/ NY リポート#1 深夜の「ER緊急救命室」 – みなさまもお気をつけあそばせ!”

  1. 住 由利子

    まあ、大変でございましたね。
    よくぞ無事に帰ってきてくれましね。
    又、元気なブログの続きをお願いします。
    絵を楽しみに待ってます。
    淡路島に来られるのお待ちしております。

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