ベティ・フリーダンの思い出

R.I.P. ベティ・フリーダン (Betty Friedan)

ベティ・フリーダン(Betty Friedan)が亡くなった。85歳の誕生日、2月4日のことだったという。一つの時代が終わったのかという寂しさを感じるのは、多くの女性たちにとってもきっと同じだろう。

地球上の女性たちに読み継がれていった『新しい女性の創造』(Feminine Mystique:女らしさの神話)の出版は1963年のことであった。これが契機で世界レベルの爆発的なフェミニズム運動に広がっていった。女性を家庭での妻役割、母役割に閉じこめることが、性差別の最大の原因だというとても分かりやすい理論だった。NOW(National Organization of Women:全米女性機構1965年初代会長に就任)は、少し手ぬるいフェミニズムだと言われたりしたが、男性を敵にまわさない協調的なやり方で、賃金の男女平等、性の権利など多くの成果をあげていった。

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私が世界会議で、ベティー・フリーダンの姿を見たのは、第3回のナイロビ大会とと第4回の北京会議だった。ナイロビでは、大きなブーゲンビリアの木陰でひとり、一人と話合うという手法をとっていた。でもあまり訪れるひとは多くなかったようだ。やはり壇上の方が似合うひとなのかと思った。

北京会議では、「老い」についてのワークショップを主催していた。私たちのグループ(22名)は、隣のテントで「M字型就業形態を超えて」というタイトルで、英語と中国語と日本語の熱いワークショップをやっと終えて、記念写真におさまりかけたときだった。「わーっ」、「きゃー」、「ベティ・フリーダンよ」と声が上がり、私たちの記念撮影にベティー・フリーダンが入ってきてくれたのだ。

私たちは「感激!」「ラッキー!」といいながらベティ・フリーダンを真ん中に上気した頬のままに、下の写真に収まったのだ。あれから10年余。今日訃報をを聞いた。