インド紀行 その3 ~インドの女性とジェンダー
2014/10/23
インドの人口問題
インドへ旅行するには、ビザ申請センターでビザ(査証)の申請が必ず必要です。その用紙に自分の名前を書く欄に続いて「父親の名前」「父親の住所」「夫の名前」を書かねばならないのです。妻だとか母親は関係ないのです。父権主義なのだなーとか、結婚を重視するのだなーとうっとうしくなります。
確かにインドは、結婚が最大のイベントで、イベント会場になるレストランはネオンも一番華やかで数多く立ち並んでいます。結婚は親が決めるのが普通で、花婿側に差し出すダウリ(持参金)も結婚式に関する費用も、その後のさまざまな支援も女性の親がもつのが普通です。ですから息子は貴重な財産、娘は価値がなくお金がかかるだけと意識されています。女性の人口は特に都会では減少し、男女のバランスを欠いています。
胎児の性別検査は500ルピー(900円程度:月収平均25000円)と安くないのですが、女児を産んで将来結婚にかかる費用を思えば安いというわけで、検査結果で胎児が女ならば中絶し、男なら出産を選ぶわけです。中絶は禁止されていません。
それでもインドは猛烈な勢いで人口が増えていて、現在12億人です。2030年には中国を抜いて世界で人口最多の国になると予測されています。
女性には結婚が何より優先される
インドがイギリスから「独立」、1949年に制定されたインド憲法の第15条で、宗教、人種、カースト、性、出生地による差別が禁止されました。1954年には特別婚姻法、ヒンドゥー婚姻法によって、ヒンドゥー教を中心とするインドの大部分の女性は一夫一婦制と離婚の権利を得ました。相続も教育も政治への進出も、法律上はほぼ確立された国です。
しかしは宗教による日常生活への影響は大きく、インドはヒンドゥー教が国民の約8割を占めており、ヒンドゥー教では、人間は生まれながらに罪を背負っており、女性にとって罪を清める淨法は唯一、「結婚」であるとされています。男子にあってのヴェーダの淨法といわれる入門式と同じなのです。これでは女性は結婚から逃れることはできません。結婚は女性にとってなによりも優先されるのです。結婚の内容はマヌ法典により、「婦人は常に快活で家事を巧みにこなし、家具を清潔にし、支出を節約する。父、夫に生ける間も死後も従順とその名を辱めることのないように」とうたわれています。結婚の儀式はカーストの慣習に従って宗教儀式を実行しなければ婚姻とはならず、婚姻登録は成立の要件ではないのです。ヒンドゥー教徒では、重婚も多く(イスラム教徒より多いという)、夫に妻が殉死を求めるサティの風習や、ダウリ殺人は未だにあとを絶ちません。
インドの働く女性
独立から65年、インドの女性運動は独立直後に比べ一見かなり下火になっているように見えます。人々の意識はかなり改善されてきたとはいえ、現実として女性を拘束し抑圧する社会構造はほとんど変わってはいないのです。宗教とないまぜになって男性支配の原理が社会のあらゆる側面にちりばめられており、女性の地位向上のためには根本的改革が不可欠です。特に雇用における根強い差別、経済的独立は今後の課題です。
1948年から1952年の間に、女性労働者の利益を保護するための労働法が制定されました。この規定は50人以上の女性が雇用されていなければ適用されない、という条件付きのものではありますが、工場法、プランテーション労働法、炭坑法など規定が比較的細部に行き届きました。主なものは、同一賃金、母性の保護、託児所の設置、育児時間の確保、女性への労働付加・労働時間の上限の設定、女性の夜間労働・地下での仕事・危険を伴う仕事への雇用の禁止、女性の募集の制限、妊娠を理由とする解雇の禁止、などです。
しかし現実的には職場において女性が受ける差別的待遇に大きな変化はなかったといえます。ちらりと垣間見た女性の働いている姿は、郊外のレンガ工場で男性に交じってサリー姿で働いている姿、レストランでは、接客をする制服姿の男性ウェイターに交じって、食後の食器回収ボックスを抱えて女性が無言で働いていました。医師、教員など専門職の女性のほとんどが上位カースト出身者です。雇用には根強いカースト差別があります。上位カーストでもすべての女性に雇用機会が開かれているわけでもなく、父親が職業階級の上位に位置し、家庭の教育水準が高いことが挙げられます。
過去10年間に主要IT関連学校がいくつか設立されましたが、ニューデリーのバスの窓からもITの専門学校が多いなと感じました。しかし、IT教育の教員数が大幅に不足しており、教師募集のインターネット情報が多くみられます。インドには28万人のソフトウェア専門家がおり、毎年7万3000~8万5000人がIT関連学校を卒業しています。
2000~2001年に14万人、2008年までには22万人の知識労働者が必要になると予測して、フランチャイズ化や(最近では)インターネットを通してニッチ教育を提供しています。日本からの受講生募集も目立ちます。英語もITも学べます、と書いてあります。IT関連の工業大学やカレッジの増加をみるとは今後IT関連職種では女性の待遇は急速に変化していく可能性があると感じます。(インドの働く女性に関しては別項目で)
底辺層の女性労働者を支えるNGO
中・下位カーストの女性たちが仕事に就くようになったのは比較的最近のことですが、その中核となる運動体組織は都市を中心に組織化されており、大きな成果をあげてきました。低カーストの女性は主に経済的・物質的な意味での生活水準の向上を求める活動に参加しています。そこで、そのような活動の支援の役割を果たすのが、地域に密着した活動を行うNGO(非政府組織)です。多くの場合女性は自己の法的権利について知識を持っておらず、それゆえ父権的なイデオロギーに支配されているので、現在の状況を当然のものとして受け入れてしまうことがあります。そのような問題に対して一般の意識を喚起し、より客観的に自分たちの置かれている状況を把握できるようにすること(「意識化(conscientisation)」)とデモなどを行ない圧力集団としての活動をします。この2つの機能で目指すのは、「女性のエンパワーメント」です。
SEWAとは
SEWA(Self-Emloyed Women’s Association 自営女性労働者協会)は、1920年にマハトマ・ガンディーによって創立され、インドで最も古い最大規模の繊維労働者組合を母体とした労働組合です。女性労働者の94%がインフォーマル・セクターで働いているにもかかわらず、彼女たちの労働はそれまでほとんど無視され、制度的に搾取される状態に置かれてきました。このため、SEWAは「インフォーマル」や「未組織労働者」といった否定的な表現ではなく、自ら雇用する”Self-Employed”という新しい名前をつけることによって肯定的に捉え、労働者としての権利を勝ち取ろうとしているのです。
SEWAは自分たちを単なる組織ではなく、労働運動と協同組合運動と女性運動をあわせた3つ運動と合わせています。SEWAの会員のみならず、インド全体のインフォーマル・セクターの女性たちの状況が改善されるようアドボカシー活動や、他の女性団体への支援活動を重視しています。 SEWA は非暴力と真理という方法で社会変革を行うというガンディーの理念を標榜しています。
SEWA の実際の活動は、労働組合と協同組合と会員への支援事業、農村開発の4つに分かれます。現在労働組合グループは35,協同組合は67,農村の貧しい女性を組織化したDWCRA(Development for Women and Children in Rural Area)グループが80あります。
支援事業には、(1)SEWAによる貯蓄と融資、(2)保健ケア(3)保育ケア(4)住宅援助(5)法的援助(6)社会保障(7)研修・養成があります。SEWAの特色はそのアドボカシー活動です。政府の政策を批判し、要求するといった活動をしながらも、政府から頼られる存在にまで成長しています。インドのNGOの内には政府からの補助金を受けて、開発の下請け的な役割を果たすように腐敗した NGO も多いのですが、それに対して、 SEWA は政府をきちんと批判しながらも密接な関係を保つという、新しい形での政府とのパートナーシップを確立しています。
SEWA の活動の特徴として、第一に、貧しい女性の草の根の体験を理解している。第二に、労働組合運動と女性運動の経済的基盤を固める協同組合運動がたがいに支え合う「共同行動」をとっている。第三に会員主体という原則によって、貧しい女性自身が運営を行い、経営を成り立たたせている。そして第四に、スタッフの2割を占める高学歴の女性たちが、研究・調査・データ収集・文書化する能力を持っていることが挙げられます。
SEWA 銀行
SEWA の銀行部門として設立されたSEWA銀行は、この20年で貧しい人々を対象にした、政府や外部援助金に依存しない自立的な銀行経営が可能であることを証明しました。1974年に行商や煙草巻など零細自営業を営む女性たちが、約4000人に呼びかけて出資金を集め設立したのが始まりで、当初33万ルピーで始まった SEWA の運転資金は、1995年現在1億4000万ルピーにまでのぼっています。設立当初は誰も貧しい人々を対象にした銀行経営が成り立つことを信じようとはしなかったが、今では多くの機関が SEWA の例に学ぼうとしています。
銀行が設立されるまで、 SEWA の女性たちはビジネスの元手となる材料や商品を仕入れたり、道具を借りるのに、仲買人から前借りをしたり、高い借り賃を支払ってきました。この貧しい女性のニーズ(サインができない/わずかな額を貯金したい/夕方仕事が終わってから銀行に行きたい/ローンを受ける担保がない)に応えられるように女性専門の銀行の設立が必要だったのです。貸付金は道具や材料の仕入れなど女性の仕事の生産性や利益を高めるために使われることを原則としています。
SEWA 銀行は以下のようなことを明らかにしました。第一に貧しい女性の貯金に意欲があるということです。第二に貧しい女性たちの返済能力の高さ。 SEWA が銀行経営を始めてから分かったことは、ローンの返済率は95%と常に高率を保っているのです。第三に貧しい女性たちも資本金さえあれば生産的な活動を始められるということです。
インド、地方に続き国会・州議会にもクオータ制
現在、インドの国会は上下両院とも、わずか10%程度しか女性議員がおらず、州議会はさらに下回っています。インドでは、定数545人の下院で59人が女性議員、定数248人の上院で21人で、女性の比率は10.8%世界で98番目、日本は11.3%で97番目です。どちらも低いのです。
そこで、2010年3月9日、インド国会は、下院と各州議会の議員定数の3分の1を女性に割り当てるクオータ制を可決しました。この憲法改正案は1996年に初めて上程され、主要政党の賛成が見込まれていました。
3月8日は、国際女性デー。世界各地で、女性の権利獲得の成果を祝う日です。2010年は100周年でもあり、その記念すべき日に「クォ-タ制」を可決する予定でしたが、反対議員の暴力的妨害行為で、議決が1日延期になりました。反対議員7人は、暴力的行為により処分を受けました。
そして可決された日、「インドの女性への最も重要な贈り物」(ソニア・ガンジー大統領)
「この法案は、インドの女性のエンパワーメントに向かっての大きな歴史的一歩であり、女性の権利を祝うものだ」(マンモハン・シン首相)等の喜びの声が上げられ、まさに「女性たちは、この瞬間を、62年間待っていました」というところです。
インドでは、すでに、町や村の地方議会において、3分の1を女性に割り当てる法律が施行され、地方政治の決定の場に女性の声が大きく届くように変わってきています。
国会へのクオータ制にこぎつけたインド国会議員に心から敬意を表したいと思います。隣国バングラデッシュでは、2004年から国会の345議席中45議席を女性に割り当てる法律が成立施行されています。
日本では、女性差別撤廃委員会から、日本政府は幾度も「クオータ制を含む暫定的特別措置で、政策決定への女性を増やすように」と勧告を受けてきました。一日も早い実行が望まれます。
「インドで初の女性大統領」誕生
2007年のインド大統領選挙では、与党連合・統一進歩同盟(UPA)と左翼政党の推すプラティバ・パティル候補が、野党連合・国民民主同盟(NDA)の対立候補に30万6,810票の大差をつけて勝利し、女性初のインド大統領に就任しました。
パティル氏(72)は、1934年、マハラシュトラ州ジャルガオン生まれ。1962年、国民会議派からマハラシュトラ州議会議員に初当選し、政界入り。州政府閣僚を歴任した後、1985年に国会上院議員に当選、86年から2年間、上院副議長を務めました。2004年よりラジャスタン州知事でした。
参考文献
- 鳥居千代香 『インド女性学入門』 薪水社1996年
- サイイダ・S・ハミード著 鳥居千代香訳『インドの女性たちの肖像―経済大国の中の伝統社会』
つげ書房新社2007 年 6 月 - 喜多村百合 『インドの発展とジェンダー』新曜社2004年
- 女性と仕事の未来館 『報告書インドの働く女性報告書』2003年3月
- NHKスペシャル取材反編著『インドの衝撃』文藝春秋文庫2009年
- 山下博司 『ヒンドゥー教とインド社会』世界史リブレット5山川出版社
- 中里成章 『インドのヒンドゥーとムスリム』世界史リブレット71山川出版社
- Hindustan Times、New Delhi, 2012 6 March
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