ベート―ベンに見習おう ―Women’ s Activist として、生きていたい。途中経過のご挨拶
2022/05/31
私は80歳を超えて、83歳に近づいてきました。よくも悪くも初めて迎えた超高齢社会を生きている特徴的な一人だと思っています。仕事をリタイアーしたのは74歳。そのはじまりはやむにやまれぬ気持ちが高じて動き始めた女性の再就職支援活動(1998年NPO法成立)でした。新しい世界の潮流(フェミニズム)を背景に、私たちの世代が、唯一手放すことができないのは、「仕事も子どもも」です。それを目標にその後30年余、無我夢中というか、五里霧中というか、引き戻そうとする古い勢力に挙がらいながら、諸外国にモデルを探しつつ、経営とビジョンを確立し、フェミニズムを定着させ、仲間とともに日々新しい自分を創生する毎日でした。24時間余裕のない生活は過酷でした。闘いの毎日でもありましたが、これ以上頑張り切れない高齢期の女性になり、次世代に活動の継承、バトンタッチでき、さらに新しい形態で定着できていることに、私はとてもホットしています。継承が74歳の時でした。
その後すぐに脚の疼痛を逃れるため、股関節や膝関節の手術に踏み切り、リタイアー後もジェンダー平等を目指すWomen’ s Activist として、生きていたいという願いを持ち続けてきました。しかし直接の表現の場、活動の場を閉ざしたわけですから、私の生き様は、わずかに持ち合わせてきた、「ブログ」(金谷千慧子ブログ-Koechiワールドhttps://www.facebook.com/KOECHIworld)を通じて、生き延びてきた感があります。
しかしもうすぐ83歳を迎えようとしている今、私は頑張り切れない怠惰な時間が多く交じりあうアップアップの毎日、デコボコの日常の生活の中にいます。そんな毎日ながらやはり「Women’ s Activist として、生きていたい」という気持ちだけは、もち続けています。ここでもっと平たく、簡単に言えば、「ありのままに高齢女性の毎日を気楽に書きつづる」、身勝手でわがままなWomen’ s Activistのブログに、どうぞ、これからもお付き合い下さい、という改めてのお願いなのです。そんなことで、ブログの分類のなかに「GOLDENシニア生活―Women’s Activistとして」というのを加えます。「途中経過のご挨拶」はこれで終わりです。
ではさっそく、今日のテーマは「私はベート―ベンに見習おう」です。
ベート―ベンに見習おう
私の聴力は特にこの2・3か月、弱くなってきているのが自分でもわかります。とくに英語のクラス(Enjoy Speaking)でのメンバーの会話が全くと言っていいほど聞き取れないのです。まるで、自分は幽霊のような存在で教室に意味なくさまよっているというような自信のない時間を送っています。それなら辞めたらいいのではないか、心地よくないところに無理して意地を張って座っていることなどないんじゃないかともいつも思っています。もともと私の英語のヒアリングは低レベルであったし、この状態でいまさら能力が上がるわけではないだろう。辞め時だとも。しかし補聴器の性能をよくしたらいいのではないか考えて、今回のは、3代目。しかし雑音ばかりが大きくて、やたらとやかましい。耳が痛い。それに自分の声も聴いたこともない奇妙な音を奏でる。結局正常な会話に参加するための補助道具には、なりえないのです。何度かの欠席も繰り返し、ようやく、この度ベート―ベンのことを思い出したのです。耳の能力が衰えているのに、どうしてあれだけの作曲ができたのだろうかと。
生誕250年を超えた世界的大作曲家、ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベン(1770~1827)は、作曲家にとって、命ともいうべき聴力を失いながら、数々の名曲を生み出しました。あふれる創意で音楽界に革命をもたらしました。ベートーベンは、楽聖と讃えられています。難聴の悩みや克服する方法はあったのだろうかと、ベートーベンの伝記を読み始めました。
ベートーベンは20歳代後半から難聴が悪化し40代では完全に聴力を失っていたといわれています。ベートーベンが27歳の1801年6月29日付けで、親友ヴェーゲーラーにあてた手紙が残っています。「この3年聴力はだんだん弱ってきている。難聴だとはとても人には言えないから、この2年間はほとんどの社交を避けてきた。私の敵たちがこの事実を知ったらどうなるだろう!!しかし僕は、へたばってなんかなるものか。運命に挑戦する!!」と書いています。すさまじい生きることへの決意表明です。やはりベートーベンですね。ほんとに。
そしてベートーベンが自らの生涯の総決算として書き上げたのが、『第九交響曲』(合唱付き)です。着想から32年の歳月がかかっているそうです。シラーの詩「歓喜に寄す」に謡われた人類愛やフランス革命のモットーとなった「自由、平等、友愛」が時代の変化を促し、この「第九(運命)」は全ヨーロッパに新しい音楽と自由と進歩による偉大な社会の到来を熱望する至宝の芸術へと上り詰めたのでした。
1824年5月7日、ウイーンでの初演が大成功しました。しかしこの時の有名なエピ
ソードが今なおよく知られています。演奏が終わったとき、指揮者の横に立って聴衆に背を向けていたベートーベンは、聴力を失っており、感性も拍手も聞こえなかったのです。なおも総譜を見つめているベートーベンを見かねて、メゾ・ソプラノのカロリーネ・ウンガーが手を添えて聴衆の方に振り向かせ、それによって、熱狂して帽子やハンカチを打ち振る観客を知ることができ、ベートーベンは『第九』が成功したことを知った、という話です。(谷 克二著・鷹野晃写真『ベートーベンの真実』角川書店P128)
1980年「ベートーベンハウス」を訪問した日
デンマークでの第2回「世界女性会議」を終えて、私たち一行はボンで「ベートーベンハウス」を訪問しました。この世界大会で私は初めて「女性に対する差別の撤廃条約」を知りました。特に条約の第11条には「労働は人類の譲り渡すことのできない権利である」と謳われており、生涯仕事で自立して生きていきたいと願うことは、世界が認めており、応援していてくれることなのだと実感し、うれしくて涙が止まりませんでした。
ボンのベートーベンハウスには、最後まで使っていたピアノや遺品、肖像画、デスマスクなどが展示されていました。補聴器が展示されていたのかは思いだせません。あれからもう40年の歳月が過ぎたことになります。
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