与謝野晶子「山の動く日来る」の再来を! その3
論文紹介:平子恭子「與謝野晶子の生育―堺時代の家庭環境および社会(地域)環境―」
雑誌 堺研究 第37号 堺市立中央図書館発行 平成27年3月31日
永年与謝野晶子研究をしておられる平子恭子さんは、歌人で教育学者です。大阪府生まれで大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了教育学修士。大著「与謝野晶子の教育思想研究」桜楓社(1990.10)で有名ですが、このたび堺市中央図書館の「堺研究」第37号に「与謝野晶子の生育─堺時代の家庭環境および社会(地域)環境から」と題する論文を発表されました。与謝野晶子の思想の基盤になったのが、堺時代だったといわれます。堺時代とは学齢期(宿院尋常小学校)から中等教育(堺区立の堺女学校)と女学校卒業後、和菓子屋の製造・販売、帳簿付けなどを終えてから、親に隠れて読み漁った自学自習という独学の時代だといわれます。
一人称にてのみ・・・
このブログの『与謝野晶子「山の動く日来る」の再来を!その1』(http://kanatanichieko.com/?p=1348)で、雑誌「青鞜」の創刊号の巻頭詩として掲載された「そぞろごと」から「山の動く日来る」を紹介したのですが、この詩の後に続くのが、以下の歌です。
一人称にてのみ物書かばや われは女ぞ
一人称にてのみ物書かばや われは われは
女性は長い年月、私は(一人称)という表現をしませんでした。自らの言葉を失っていました。常に「父がこう申しておりました」「夫が」「息子が」としかいいませんでした。自分を持たない、自分の言葉を持たない女性から、晶子は自らの言葉によって自らの表現・主張を持つことを獲得していくのです。平子さんは、晶子の「一人で研究したり工夫すること」が「彼女のその後の生き方の指針」となり、「個性に基づく『創造性』『自由』に関わる生き方の指標となった」(p12)といいます。また「彼女が一人で自らの力で思考するという習慣を身につけ、成長を遂げてゆくこと、誰からでも無く、彼女一人の力で創造的思考をする習性が培われた」といっています(p19)。「一人称」でというのは、「ヨーロッパ(特に西欧)の思考とされる「個人主義」に連携されてゆくべきはずのものであった。」、とも。
また晶子自身の言葉で、「其頃の女学生が唯器械的に教育を受けるだけで、「女子もまた人である」という大切な自覚を持ってゐる者は無かったのですが、其頃の先生方もまた、自分の世界との将来を見通す見識が無く・・」といっています(p12)。
『源氏物語』は、暴力のない時代の文学
晶子は少女期から『源氏物語』を愛読していたのですが、平子さんは、そこには「暴力が描写されていない。言わば暴力の存在しない平和な時代の文化すなわち平和な宮廷文化が描写されている作品の影響を多大に受けている」(p27)と指摘しておられますが、これは重要なことだと思います。晶子が第2次世界大戦時には、反戦どころか、天皇崇拝の短歌を詠んだとして批判されることがありますが、平子さんの見解としては、この背景に「彼女の『平安朝趣味』が宮廷文化への憧憬、そしてそれが皇室崇拝、天皇崇拝の精神をも醸成したことのひとつであると是認しなければならない」(p27)と加えています。30年余をかけて晶子は、『源氏物語』の全訳を完成させます。
渡欧経験にカルチャーショック後、さらに本格的な思想家となる
晶子は1912年5月、鉄幹の後を追い、資金の工面もして、7人の子どもをおいて渡欧します。フランス・イギリス・ベルギー・ドイツ・オーストリア・オランダなどを半年に満たない旅とはいえ、光り輝くヨーロッパ文化に浸り、新たな工業化社会にひた走る欧州世界を見聞したことは、計り知れない成長へのばねになったと思います。関心の領域も帰国後は芸術よりも女性や政治問題へと向かいます。平子さんは「帰国後のまたの読書によって独学し、形成した新思想を発表することになる新時代の女性であった。(中略)。将来花開くことになる新思想の基盤は堺時代の学習、独学、修練にあると言っても過言ではない」(p39)と結んでいます。
晶子の男女平等教育の実践
与謝野晶子は、西村伊作らとともに、「国の学校令によらない自由で独創的な学校」「個性尊重、男女平等の自由主義的な教育」を目指して、文化学院を1921年(大正10)に創設します。日本文化のみならず、キリスト教精神、西洋文化的教育が盛んに行われ、教員に多くの西洋人を招きました。創立当時から制服はなく、和服より洋服を推奨し、当時では珍しく、生徒のほとんどが洋服を着ていたそうです。自分の娘もここで教育しました。
最後に、もう一度、与謝野晶子がいう「山の動く日来る」の再来を願いたいと思います。
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