与謝野晶子「山の動く日来る」の再来を その2
『君死にたまうことなかれ』と今、私たちは叫べるか
与謝野晶子の業績は多彩です。作家・歌人、評論家、教育者などなど、全人生を休むことなく精力的に活動した才媛ですから、その広がりも深さも、作品の量も膨大です。晶子が歌人として「歌集」を最初に出したのは1901年の「みだれ髪」です。その後、1904年9月、雑誌『明星』で「君死にたまうことなかれー旅順口包囲軍の中にある弟を嘆きて」を発表します。この年、日本はロシアに対して戦線を布告、日露戦線が始まり、晶子の弟(駿河屋当主)も戦地にいました。しかしこの詩が発表されるや否やごうごうたる非難が浴びせられます。「危険思想なり」「日本国民として許すべからざる悪口也、毒舌也、不敬也、危険也」「乱臣也、賊子也、国家の刑罰を加ふべき罪人也や」とまで言われたのです。そんなとき、黙って引き下がる晶子ではありません。晶子は鉄幹に宛てた書簡の形をとった『ひらきぶみ』と題する文章を『明星』(1904年11月)に発表します。そのなかでの晶子の反論はすさまじいものです。
「私が『君死にたまうことなかれ』と歌ひ候こと、危険なる思想と仰せられ候へど、当節のやうに死ねよ死ねよと申し候こと、又なにごとにも忠君愛国などの文字や、おそれおほき教育勅語などを引いて論ずることの流行は、この方かえって、危険と申すものに候はずや」。
「私が弟の手紙のはしに書きつけやりし候歌、なになれば悪く候にや、あれは歌に候」「さりとて乙女と申す者誰も戦争ぎらいに候」「私、歌詠みならひ候からには、どうぞ後の人に笑われぬ、まことの心を歌ひおきたく候。まことの歌や文や作らぬ人に何の見どころ候べき」。「私は誠の心をまことの声に出し候とよりほかに、歌の読みよみかた心得ず候」、といい切っています。
晶子は「まことの心」、このひとことですべてをいい尽くしたのです。このとき晶子は2人の子どもの母として(12人出産、一人は死産)かけがいのない生命のいとおしさを感じていたころでもあったでしょう。
ところで現在、国会で成立を図られようとしている安全保障関連法案は、反対する人たちからは戦争法案と呼ばれています。今や日本の方向を変えようとする危険な法案だと私は思っています。戦争法案という命名は、社民党福島瑞穂氏が安倍首相への質問の際、安全保障関連法案を「戦争法案」と発言したことがはじまりです。自民党はレッテル張りだと問題視しました。多数の憲法学者や市民の批判が高まっていますが、この夏は、日本が今後、国際社会でどう生きていくのか本気で考え、行動する時期だと思います。
紛争を蛮力で封殺することしか考えられないのが、先進国日本なのでしょうか。外交による知力や経済力で対抗力を発揮する能力はないのでしょうか。現在の国際社会はもう少し複雑な成熟社会になってきているはずです。
「敵が攻めてくる」という安直な妄想に振り回されて、危険な道を逆戻りしないように行動する時期だと思います。人を殺すことに走らない為政者をつくるのは国民です。平和を作るのは一人ひとりの市民です。
そのためにも与謝野晶子の「君死にたまうことなかれ」を思い起こしてみましょう。与謝野晶子が「君死にたまうことなかれ」を歌った「誠の心に満ちた勇気と信念」の大きさに圧倒されます。
日露戦争に対して「ひらきぶみ」で応酬したこの晶子でさえ、第2次世界大戦ではもう反論は出来なくなってしまいました。マスコミだけではなく、私たちがものが言えなくなったときに、始まるのが戦争です。
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