リトアニア、約4,000の湖がある「森と湖の国」

   

バルト3国は、1991年に各国とも独立を果たし欧州連合(EU)へ加盟しています。
この3カ国で4~5年毎に開催されている「歌と踊りの祭典」は、ユネスコの無形遺産にも登録されています。
リトアニアは、バルト3国の中で最も大きな国です。面積は約6.5万平方キロメートル。北海道の約78%に相当します。人口は290万人。音楽、衣装、そしてポルカの3王国です。宗教的には、ローマカトリック教会派が約8割。ロシア正教、ル-テル派、ユダヤ教徒も共存。
日本との関係はとてもいいとか。それは、日本の外交官「杉原千畝」の功績が大きいのです。1940年のソ連によるリトアニア併合に伴い、第二次大戦中カウナスの領事館に勤務していた杉原千畝(すぎはらちうね)が、隣国ポーランド等から逃れてきたユダヤ系難民に対し 日本通過ビザを発給して救ったことは今も有名です。映画にもなり世界中で広がっています。毎年「杉原ウィーク」が催されていて、平和を願う国際交流が続いています。
訪れた杉原記念館でビデオを見ました。日本政府の命令に反してビザを発給する杉原の 苦悩が描かれています。

「私は一晩中考えつくした。苦慮、悶々の挙句、私はついに人道博愛精神第一、という結論を得た。そして私は、何も恐れることなく、職を賭して忠実にこれを実行した」と。 杉原は「人道」に賭けたのです。
1940年7月27日から1分の休みもなく、ユダヤ難民のための日本通貨ビザ発給作業を開始しました。万年筆はやがて壊れ、インクがなくなってくる。
指に豆が出来、手首から肩まで関節は痛み続ける状態で、渾身の力で、寝食を忘れて「命のビザ」を書き続けたのです。やがてカナウスの領事館が閉鎖され、ベルリンに向けて出発しなければならない日の、出発のプラットホームでも、列車が動き出しても車窓からビザが渡されました。約6000人のユダヤ人の命が救われました。

ビデオを見終わって私たちツアーの一団から拍手が起こりました。私もこみ上げるものがありました。ただ、ポーランドのアウシュビッツ(ユダヤ人虐殺・収容所)を訪問したときも涙が止まらなかったのですが、今回のこの涙は、なんと誇らしい涙だろうかと杉原千畝の勇気と行動力に感動しました。

先の第二次世界大戦を反省するとすれば、国民の一人ひとりが杉原千畝ほどの勇気と行動力を持たねばならなかったのだろうと、今も深く反省します。

杉原記念館に「だるま」の油絵がありました。若い店員さんに「『だるまさん』の意味知っていますか」と尋ねたら、『七転び、八起き』の意味を知っています、」とにっこり笑ってくれました。杉原記念館(元領事館。杉原家族の居住地)の門柱に「希望の門、命のビザ」と書かれています。とても印象深い門柱です。

杉原千畝直筆のビザ

杉原記念館入口  門柱に「希望の門、命のビザ」とある

売店にあった「だるま」の油絵

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