わたしはなぜ、絵を描くのか
2015/06/11
油絵を30年ぶりに再開してから2年を経た。数にして50点以上を描き続けた。
絵を開始した背景は、2年前NPO法人の代表を世代交代しようと本気で準備を始めて、その後は空白の時間になるので、それを埋めるためという軽い気持ちがあった.また右の股関節(変形関節炎)を手術しようと決めたので、その後は車いすになっても油絵だったら描き続けられるだろうという考えもあった。
30年前に師事していた独立美術会員の堀口千鶴雄氏は、もうすっかり老域に達しておられ画家としての生活は送っておられないし。そんなこともあり、朝日カルチャーセンターの「春陽会」増井 英先生の教室に毎週通っている。ここでは、毎回女性のモデルが前に立つ(座ることも多いが)。
30年ぶりなので、絵の具の買い方やキャンパスの号数などにはようやく慣れてはきたのが、毎回の女性モデル(特にヌード)にどう対応して、キャンパスの中に自分の気持ちを入れ込んでいけばいいのか、だんだん迷いが深くなってきている。
私のフェミニズムは、自分の働き続けられない悔しさから始まった。京都精華大学での藤枝澪子(ふじえだみおこ)氏らとの5年にわたる「ヨーロッパのヌード絵画とフェミニズム」研究でぐっと深められた。ルネサンスに始まる欧州のヌード絵画は、描き手は画家の男性、描かれるのは女性(愛人・娼婦)という構造を前提としている。当時画家は注文主(金の支払い人)のお好みに応じて「単なる性愛欲望」をエロスと称して、上品さをちりばめて、ファインアートとして、「ヌード絵画」という一分野を確立させた。女性の画家など育たなかったという歴史的事実があり、男性画家たちは、キャンパスの女性を性的欲望の対称物、見られる対象物、自由に手に入る対象物、しかし媚をうってくる(誘いをかけてくるのは女、オレは悪くないんだ)対象物として描いている。もちろんモデルの気持ちや意見など、考慮されない。19世紀には、立像や坐像ではなく、寝かされるヌードが一般的になる。現在もその延長線上にヌードの練習風景がある。わたしもその流れに流されているだけなのではないかと不安にもなる。
しかし現代のモデル嬢は、完全なバイトである。そして男性受講生はお楽しみ半分、絵を描く趣味半分でヌードに立ち向かう。受講生は「僕はエッチではない」と固く信じているようだ。でも女性である私は、描き手としての見る自分と、見られるモデルとしての自分が混在し、やがて同一化してくる。切り離せなくなる。
女性が生きやすい社会をつくる志を持った女性が描けてこそ、絵を描いていることは無駄でなくなるのだ。そうでなければ、余生いくばくもないというのに、何を無駄なことをしているのかという風につながっていき、そして立ち止まってしまう。
周りの受講生は女性も男性も、私が年甲斐もなく恥らっていると思っているようで、「慣れますよ」と励ましてくれる。私は、ヌードも絵の修行に必要だしと思い直しながらも、この状況に、どう折り合いをつけようかとなやんでいる。「わたしはなぜ絵を描くのか」。
本日こんなテーマにしたのは、こういった背景がある。でも2年を経て、なんとかしなければならない。どう折り合いをつけるか、少し整理してみる。抜け出せるように。
1 人はなぜ絵を描くのか
「人はなぜ絵を描くのか」という同じタイトルの本はかなりの数がある。今通っている教室の講師増井 英氏著で「人はなぜ絵を描くのか」(編集工房ノア1999)をはじめ「ヒトはなぜ絵を描くのか」中原佑介著 フィルムアート社、「ヒトはなぜ絵を描くのか―芸術認知科学への招待」 (齋藤 亜矢著 岩波科学ライブラリー)などなどである。
内容は洞窟画(アルタミラ)からはじまり、原始から人間がどのようにして、たとえば絵の具の開発、医学・解剖の発達、宗教のかかわりなどを経て、表現活動を広げ、深めていったか。さまざまな分野(動物のさる学や脳科学、宗教学や思想史、人類学)から横断的な探求が試みられている。
しかし、いずれもなぜ絵を描くのかの答えは、その絵の中にしかない、という結論になっている。
2 わたしはなぜ絵を描くのか
1) とても絵が描きたかったのは確か
ところで、わたしはなぜ絵を描いているのか。それが女性と仕事研究所を離れて1年を経た今、考えることである。長らく絵の具を使うことを封じ込めてきた。何かも忘れて油絵に没頭したいと思いはじめたのは、プラハの街に出会った時だった(2010年)。ワイン色の屋根で埋め尽くされた中世の街、尖塔の街プラハ。政治的にも宗教的にも血みどろの歴史のもとでなおこんなに美しい。美しいものをみると、とにかく描き留めたくなるものだ。自分の中にとどめおきたくなる。それが始まりだった。プラハの街50号をはじめに描いた。
2) 描きたいものはなになのか
今、描きたいものの焦点が絞られているのかを考えてみた。描きたいもの以下である。何とかその方向で進んでいるのではないか。
- 美しい女性(自立して自分らしく生きている女性は一番美しい)
- 美しい花(エネルギーの源としての花 セクシュアリティと花)
- 見られる女性ではなく、見る女性、考える女性、アサーティブに行動する女性を描く
自分らしく生きるには、社会的な生活を伴うことが必須(家庭生活だけでは不足。生活の糧を得られていること、社会的尊厳を得ていること、自分が社会でともに生きていると感じられること) - そのいずれかが欠けている場合には、充足できるような努力の経過を描く
- 世界に眼を向ける、未来に眼を向ける、そんな視点で歴史に眼を向ける絵を描く
3) 当面の課題
- 3年で100点描く(現在57点)
- 展覧会には大きいサイズで
- 形式美を追求する訓練を続け、あわせてパッションの表現方法をひねり出し続ける
- 100点の完成後展覧会(どんな形になるか)を開催する
4) 自分の身体的状況(老化ぶり)に問いかけながら、自分の活動(女性としごとのみらいのための活動)と絵を描くことが両立するかどうかを常に計り続ける。
- 2015年中に書きかけの書籍原稿を完成する
3 2015年5月に描いた5点
(1)山の動く日きたる ~与謝野晶子の歌より 15号
与謝野晶子の「山の動く日きたる」は、「青鞜」(平塚らいてうが1911年:明治44創刊した雑誌の巻頭詩「そぞろごと」である。その後婦人参政権運動では「婦人参政権の歌」をつくり「君死にたまふことなかれ」などとともに、今も歌い継がれている。
山の動く日 きたる
かくいえど 人われを信ぜじ 山はしばらく眠りしのみ
その昔において 山はみな火に燃えて動きしを
されど
そは 信ぜずともよし
人よ、ああ、唯 これを信ぜよ
すべて眠りし 女
いまぞ 目覚めて動くなる
(2)ベリーダンス 1(イスタンブール)20号
トルコの中心都市イスタンブールは、わくわくする街だ。世界で唯一、アジア大陸とヨーロッパ大陸にまたがっている街。
オスマントルコ帝国の王スルタンの住まい・トプカプ宮殿(ハーレム)や、キリスト教会とモスクが融合しているアヤ・ソフィアや活気のあるグランドバザール・エジプトバザールや美しいボスポラス海峡での夜のクルーズ・・・・
そこでのベリーダンスは圧巻。イスラム女性の別の姿(本当の姿?)を見た。
ベリーダンスを踊る女性はどうしても描きたいひとつだった。
(3)ベリーダンス2 変形20号(イスタンブール)
もともとはした半分の10号だったのだが、別のキャンパスに上半身を描き、変形サイズとなった。背景はイスタンブールの夜景。ベリーダンス嬢はとても幸福そうな顔にしたかった。男性ダンサーもいるのがわかる?
(4)女性と鹿(若草山)8号
着衣のモデルが若草山の頂上に座っていることにした。鹿も一緒に。
(5)阿蘇の山 8号
阿蘇の草原も美しかったなと思い出した。でも、現地に行ったのは秋だったが、5月にした。
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