NPOという言葉も知らなかったころのこと─NPOで生きる女性たち
2015/02/19
はじめに─私の30年 無認可保育所の運営をはじめて
先日の記事(阪神淡路大震災から20年)に書いた通り、「女性とNPO」という視点から少しずつ書いていこうと思います。
女性が仕事を辞めるのは預ける保育所がないから
おとなになったらどんな仕事をしようかと夢見るのは子ども時代の最大の楽しみです。
わたしも天文学者になろうか(星がよく見えていた)とか、作家がいいな(大人びた本を読んでいた)とか、詩人になろうか、ジャーナリストかなどと日々変わる夢を追っていました。
それが高校時代には「結婚したら、子どもができたら、仕事はできないらしい」とおぼろげながらわかってきます。将来がつながらないとわかると、勉強意欲も下がりがちです。そういえば母親も…などなどと考え始めます。
女性が仕事をやめる、そのことを探っていくと、「預ける保育所がないからだ」とわかってきます。そしてついにわたしにもその事実がやってきます。そしてやむなく無認可保育所づくりに入っていきました。
まだ勉強中で仕事には就けていませんでした。育児休業はなかった時代、産前産後休暇の日数にあわせて保育所が間に合わない限り(産休明け保育)、仕事は続けられないのです。そして無認可保育所が自分の子どもに間にあいました。運営は大変でした。
主婦の再就職センターから女性と仕事研究所へ
国連女性の10年ナイロビ大会(1985年)からの帰りの飛行機で、主婦の再就職についての出版が決まり、出版後に「主婦の就職準備センター」を設立しました。しかし主婦の再就職はパートでしかありません。年齢制限、雇用期間つき、時間給、年収は103万円か130万円の壁に阻まれるのが実際です。
関連記事
-
雑誌『婦人公論』が100年を迎えました
『婦人公論』は、1916年(大正5)『中央公論』の女性版として創刊されました。『 …
-
NPO10年、35000の力
2008年12月1日は特営利活動促進法(いわゆるNPO法)が成立してちょうど10 …
-
やっと「紙とハンコ」から解放されるのでしょうか コロナ後の働き方を考える(1)
2020年6月19日、政府(内閣府・法務省・経済産業省)からハンコについての見解 …
-
与謝野晶子「山の動く日来る」の再来を! その1
最近、長年与謝野晶子研究をしている方とお付き合いが復活しました。それをきっかけに …
-
与謝野晶子「山の動く日来る」の再来を! その3
論文紹介:平子恭子「與謝野晶子の生育―堺時代の家庭環境および社会(地域)環境―」 …
-
プロボノ養成セミナーの開催にあたって 2012年9月16日
プロボノ(pro bono)という聞き慣れないセミナーにようこそご参加頂きまして …
-
子どもと女性の貧困─現状と連鎖
2011年2月13日 CAP広島 冬の勉強会 報告 「子どもと女性の貧困─現状と …
-
「女性たちのNPO」出版記念シンポジウムのご案内
NPO法の制定から20年が経過し、NPOというアルファベットの3文字も、広く社会 …
-
NPO交流して育つ
日本経済新聞(2月24日)に「みなとハウスの5年」という記事が掲載されました。 …
-
コミュニティカレッジを創世する時代
理事会を経て、新しく方向づけが確定しました。 2007年3月、東京のみなとNPO …
- PREV
- 絵画展に出展します
- NEXT
- はじめに(その2)─NPOで生きる女性たち